公衆栄養学は食生活が健康問題とどのように関係しているかを明らかにし、その知見を健康増進や疾病予防に役立てる学問とされている。例えば食塩の摂取が血圧に関係していることが分かり、集団レベルでの減塩が実現できれば、高血圧の予防にもなるし医療費も抑えられる。動物実験やヒト臨床試験を行った場合、実際に行ったことに効果があるのか、関連性があるのかの判断に統計学は力を発揮する。
大事なことなので、公衆栄養学の講義の中で毎年3回くらい統計の講義を行っている。1年生の時にも統計学の講義を受けているが、学生さんに聞いてみるときれいさっぱり忘れているとの答えが返ってくる。統計学はよく分からないといった声が多い。ごく一般的な生物統計に限れば(平均値の差、比率の差、相関くらいの話)、どのような対象で、どのような解析をしたいかが明確であれば、適した統計手法を選択し、後は統計ソフトを用いれば結果が見えてくる。複雑な計算式を用いることもない。といっても、大学1年の時に使用していた統計学の教科書を見てみると、後ろの余白に小さな字でたくさんの例題とその解答が書かれていた。たぶん教科書が持ち込み可で、試験では似たような問題が出題されたのであろう。
公衆栄養学の講義では疫学の説明もする。教科書では、疫学研究の始まりとして、コレラの発症予防の話がよく出てくる。当時コレラは病原体による水系感染症とは知られていなかったが、コレラ患者の分布と井戸との関連を検討することで、汚染された飲料水により感染が生じると推測したものだ。これまでこのような漠然とした理解であったが、「統計学が最強の学問である」(西内啓著、ダイヤモンド社)を読んでみると、最初の疫学研究である意味が理解できた。
それによると、当時イギリスは産業革命のために農村部から都市部へ人口が移動し、狭い空間に人々がひしめき、ゴミや排泄物が庭や道端といったそこらじゅうに押し込められていた。そんな中コレラが流行した。ある者は特別な消臭剤を用い対策にあたった。「臭い地域」に住む労働者たちの多くがコレラで死亡していったので、悪臭を取り除けさえすればコレラもいなくなると考えたのである。ある者は、町中の汚物を片っ端から清掃し、下水を整備し汚物を川へ流せるようにする、という政策をとった。しかしながら結果として、川へ流した汚物を介して大規模な二次流行を招いてしまった。
そんな中、スノウという外科医は、コレラで亡くなった人の家を訪れ、話を聞いたり付近の環境をよく観察したり、同じような環境下でコレラにかかった人とかかっていない人の違いを調べた。すると水道会社Aを利用している家では、1万件あたりの死亡率が315人なのに対し、水道会社Bでは37人であることが分かった。これだけリスクに差があるので、水道水に何らかの理由があると考え、スノウの出したコレラ流行の解決策は、「とりあえずはしばらく水道会社のAの水を使うのは止める」。じつは水道会社Aと水道会社Bの違いは、前者がロンドンの中心をながれるテムズ川の下流から、後者はテムズ川の上流から採水していたというものであった。とある。
統計で扱うデータは、身長や体重といった量的データと、男女や欠食の有無といった質的データに大きく分けられる。量的データを整理する一つの方法は、ヒストグラムを描き、全体の分布を見てみることである。少しでも学生さんに興味をもってもらう講義にするために事前に昼食にかける金額と書籍に費やすお金を書いてもらって回収した(もちろん匿名で)。これらのデータは量的データなのでヒストグラムにしてみるかとデータを打ち込んでいく。結果を集計していると通常ではあり得ない数字がでていることがある。いわゆる“外れ値”である。今回も1回の昼食にかけるお金が、4,000円と10,000円という回答があった。いくらなんでもそこまでセレブではあるまい。アンケートで答えてもらう項目は質的データもあった方が良いかと思ったので、「この講義が好きか嫌いか」も記入してもらった。4,000円と10,000円と回答した学生は両方とも“嫌い”であった。授業そのものが嫌いなのか。わたしに対する反発なのか。